デザインが産業をイノベーションする
(5月12日の続き)
原研哉(はら・けんや)『日本のデザイン』の、きょうは第4章以降(下記)の紹介。
4 観光−文化の遺伝子
5 未来素材―「こと」のデザインとして
6 成長点−未来社会のデザイン
あとがき
日本人の優れた感性を公共空間にも
第4章は観光である。観光は物作りなどより、人と人が触れ合うだけに収益率が高く、雇用も生みやすい。そして、日本の宿泊施設のサービスの形式は、西洋式の高級ホテルよりも対価が高いし、何よりも一部の高級ホテルだけでなく、広く一般化している強みがある。
第4章ではかなりのページを桂離宮の解説に費やしている。ただ、桂離宮そのものでなくて、それを撮った写真集、石本康博の『桂離宮』について、である。
石本は1954年にモノクロームで、1981年にカラーで桂離宮を撮っている。この2回の撮影したネガをもとに4回写真集が刊行されているのだが、注目されるのはそのレイアウトである。
最初の写真集をレイアウトしたのはハーバート・バイヤー。彼は、大胆なトリミングで桂離宮を、簡潔さという「モダニズム」の一つの理想として表現した。現実の桂離宮は、もっと揺らぎが多い。
このようなモダニズムが、日本の旅館には息づいている、というのが原さんの見解である。ただし、現代の日本人は「小さな美には敏感だが、巨大な醜さに疎い」と言われる。公共空間における奔放な商業建築や看板の乱立は、日本人の感性を麻痺させている。
本当に、この指摘には全面的に共感する。日本の街、特に商店街は汚い。
それから住宅地でも、あのブロック塀を建てる感性には、度し難いものを感じる。道路に面した部分を開放的にしたり、せめて生垣にすれば、どれだけ町並みが綺麗になることか。自分の家の境界線を確定し、その内側は綺麗にするが、外側を町や自然と調和させようとは思わない人たち。
歴史的建造物群の町並みには感嘆するくせに。
第4章では具体例として、2010年に開かれた「瀬戸内国際芸術祭」という催しについて触れている。瀬戸内海の7つの島をつなぐ形で開かれた大規模なイベントである。芸術家、デザイナー、建築家と行政、企業が連携して実施されたこのイベントは、一つの地域を文化ゾーンとして活性化する試みである。
デザインの喚起力で素材を可視化
第5章は、繊維産業の復権と言うか、進化をデザインが後押しする試みである。
繊維産業といえば、かつては時代の先端産業であったが、今はアジアの後発地域に取って代わられている、と思うだろうが、実はそうではない。
航空機の胴体に使われている炭素繊維、風力発電のプロペラや消防服に用いられているアラミド繊維、微細な油膜などを綺麗にふき取ることが出来るマイクロファイバー、水の濾過を高精度で行える中空糸濾過幕、射出成形されてスポンジのように固まり、柔らかなクッション性を生み出す繊維。光を減衰させて通していく光ファイバー、電気を通す導電性繊維…など。
このような高い技術力は日本の強みである。しかし、一般の人に菜馴染みがあまりない。そこで、これらをデザインの力で、一般の人に知らしめてほしい、という依頼がデザイナーたちにもたらされた。
そして企画されたのが「TOKYO FIBER/SENSEWARE」である。2007年に東京とパリで、2009年に東京とミラノで開催された。
2009年には化繊大手7社が揃って参加した。
旭化成の「スマッシュ」は、まるでプラスチックのように成形できる。プリンのカップのような立体が平面状態から押し上げられる。
東洋紡の「プレスエアー」は、ノズルから素麺ほどの太さで射出され、全体の95%が空気というふかふかの立体物となる。新幹線のシートなどのクッション材として使用されている。
三菱レーヨンの「エスカ」は光ファイバー。これをコンクリートに埋め込んで光を通す建築材が作られた。つまり、窓がなくても壁から光を取り入れられる。
帝人の「ナノフロント」は、髪の毛の7500分の一の超極細。通常の数十倍の表面積をもっているので油膜や微細な埃の卓越した拭き取り性能を有する。
ユニチカの「テラマック」はトウモロコシなどの植物が原料なので、入らなくなったら土に消すことができる。…など。
これらは、用途を決めてからその形を考えるのではなく、そこに潜在する可能性を可視化することもデザインの重要な仕事である。これが「こと」のデザインということである。
その例として、小指で持ち上げられる超軽量な椅子とか、しなやかな繊維で作った笑い顔のクルマ「キューブ」とか…、が写真入で掲載されている。
第6章は、先週の金曜日、5月11日に紹介しているので参照願いたい。
以上、本書は、デザイナーの立場から見た日本の未来設計図である。少し日本文化を持ち上げすぎ、未来を楽観視しすぎ、という面もあるが、時にはこのような本を読むのもいい。最近は何でも悲観的に見て、批判する人が多すぎるような気がするから。(おわり)
5月7日(月)〜5月13日(日)
大島優子さんが突然AKBになってしまうご都合主義は嫌いではない
『カエルの王女さま』
日曜日9時のフジテレビ『家族のうた』が突然打ち切り決定されてしまった。といっても、普通は10回くらい連続するうちの8回まではやるので、今すぐということではない。
この『家族のうた』と『カエルの王女さま』は似た部分のある設定である。
『家族のうた』のオダギリジョーさん演じる元ロックスターは、今は売れないのに、生き方を曲げない空元気で空回り。
一方、この『カエルの王女さま』も天海祐希さん演じる元ブロードウェイのミュージカルスター(本当は代役で一度出演しただけだ)が、クビを切られたのを隠して、地方の音楽サークル「シャンソンズ」のコーチを務める。こっちも元気で威勢がいい。
そして、双方とも、人生2回目のサクセスストーリーが待っているという設定だ。
見ているほうとしては、早く上昇気流に乗ってほしいと我慢しながら見ている。サクセスストーリーだから、売れない時代を描かなければならないのはあたりまえである。しかし、前にも書いたが、毎回さえない空回りを見せられるのは耐えられない。
刑事ものや探偵ものなどが、そこそこ視聴率を取れるのは、一話完結型になっていて、ストレスがたまらないからである。
そういう意味で、10回完結型のドラマは難しい。
だからそれ相応の工夫をしなければならない。NHKの朝ドラは、長いようで、実は1週間で完結するようにできている。月曜日から水曜日にかけて事件が起こり、水曜、木曜日あたりにどん底が来て、土曜日には丸く収まる。
10回完結型のドラマも同じように、1回1回に完結型ショートストーリーを組み込んでいかないと視聴者はついてこない。サクセスストーリーならば、一歩ずつでも階段を登っていくように、一話完結部分を重ねていく必要があるのだ。
たとえば、先々週(4月26日)は、テレビ放送されるまでがショートストーリーになっていて、一歩階段を上った感があってよかった。
大島優子さんがいつもべしょべしょとした泣き虫顔で、歌も踊りもダメというドラマだったのに、いきなりテレビではAKBの大島さんに戻ってしまい、山口百恵さんの曲で、歌と踊りをビシッと決める。いかにものご都合主義で笑っちゃうけど、これはアリ、である。
ご都合主義といえば、玉山鉄二さん演じる元ロック歌手で今は町工場の工員をしている男が、何の準備も打ち合わせもしないのに、いきなりテレビ番組に飛び入りのようにやってきて、シャンソンズのバック演奏をしてしまうのも笑えた。
が、こういういい加減さは、見ていてむしろ心地よい。のりがよくなっていくのである。
先週は、今度は学園祭出演である。なのに、これは中止になってしまう。何でそういうストーリーにするのかなぁ、と思う。こういうところがダメなんだ。
それから、最後の終わり方だが、せっかくいい雰囲気になったのに、次回の事件を予想させる場面で終わることが多い。こういうのも不要である。事件は1時間の初めに起こり、その回で収束する、というふうにもっていこう。
大島優子さんだが、去年(2011年)秋クールの『私が恋愛できない理由』(フジテレビ系列)では、香里奈さん、吉高由里子さんと3人でルームシェアをする役をやっていた。このときも今回と同じ泣き顔で、さえない派遣社員の、恋愛にも臆病という役を演じていた。とてもアイドルとは思えないオーラのなさで、それゆえに、うまいと言えばうまい。
なぜなら、一昨年(2010年)秋クールの『霊能力者小田霧響子の嘘』(テレビ朝日系列)では、響子(石原さとみさん)の従姉妹で、響子の所属事務所の社長(若くてやり手の守銭奴)もうまく演じていたからだ。この役は明るく活発な役で今回とは全く逆のキャラだった。
マツコデラックスさんが出てくるだけ
『三毛猫ホームズの推理』視聴打ち切り
日本テレビ系列の『三毛猫ホームズの推理』はなんともとりとめがない。主役の相葉雅紀さんにはオーラがないし、猫は可愛くないし。猫がそれほど活躍するわけでもない。マツコデラックスさんが出てくるところだけは面白いが、ほかには取り立てていいところがない。ということで、視聴をやめた。
視聴をやめたのは、ほかにも『放課後はミステリーとともに』、『パパドル!』、『未来日記』である。
『未来日記』(フジテレビ系列)は、やっぱりわれわれ世代にはついていけない。人殺しをし合うという設定は嫌いだ。ケータイを壊すと人が雲散霧消するという荒唐無稽にもついていけない。剛力彩芽さんの目元涼しい顔は魅力的だが。
週間ドラマ視聴率ランキング
5月7日(月)〜5月13日(日)
『平清盛』やや持ち直す
『梅ちゃん先生』番組最高視聴率
大ヒットゾーン(20%以上)
21.1%(↑) NHK・木 梅ちゃん先生
ヒットゾーン(15%以上20%未満)
15.5%(↑) フ ジ・月 鍵のかかった部屋
合格ゾーン(10%以上15%未満)
14.7%(↑) NHK・日 大河ドラマ 平清盛
14.5%(↑) TBS・日 ATARU
13.6%(→) フ ジ・火 37歳で医者になった僕(読売テレビ制作)
13.3%(2) TBS・月 月曜ゴールデン 宮部みゆき連続4週第1夜 理由
12.9%(↓) 日テレ・土 三毛猫ホームズの推理
12.3%(↑) TBS・月 ハンチョウ5 警視庁安積班
12.3%(↑) フ ジ・火 リーガル・ハイ
11.9%(2) フ ジ・金 金曜プレステージ 山村美紗4週連続第2弾 女検視官・江夏冬子
10.2%(↓) テレ朝・木 新・おみやさん
不振ゾーン(5%以上10%未満)
9.1%(↑) フ ジ・木 カエルの王女さま
8.6%(↓) テレ朝・金 都市伝説の女(準深夜番組)
8.6%(↓) テレ朝・木 Wの悲劇
8.3%(→) TBS・金 もう一度君に、プロポーズ
8.1%(↓) TBS・木 パパドル!
8.1%(↓) テレ朝・水 Answer 警視庁検証捜査官
7.5%(↑) 日テレ・水 クレオパトラな女たち
6.7%(↑) フ ジ・土 未来日記(準深夜番組)
深夜枠並みゾーン(5%未満)
4.1%(↑) NHK・火 開拓者たち(BSで放映したものの再放送)
3.3%(↓) 日テレ・木 たぶらかし(深夜番組)
3.3%(↑) フ ジ・日 家族のうた
3.1%(↓) NHK・木 テンペスト(BSで放映したものの再放送)
3.0%(↓) 日テレ・土 私立バカレア高校(深夜番組)
2.9%(↑) TBS・月 放課後はミステリーとともに(深夜番組)
1.7%(↓) TBS・火 コドモ警察(深夜番組)
単:単発ドラマ
2:2時間枠ドラマ
深夜番組:放送開始時刻が23時50分以降の番組
準深夜番組:放送開始時刻が23時00分〜23時15分の番組
日本人の美意識が未来をつくる
原研哉(はら・けんや)『日本のデザイン』(岩波新書、2011年10月、800円+税)を読んだ。副題は「美意識がつくる未来」である。
原さんは、1958年生まれ、岡山県出身。1983年に武蔵野美術大学大学院終了。デザイナー、日本デザインセンター代表、武蔵野美術大学教授。
長野オリンピックの開・閉会式プログラム、愛知万博公式ポスターをデザイン。2002年より無印良品のアドバイザリーボードメンバー。
東京ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞、亀倉雄策賞、原弘賞、世界インダストリアルデザイン・ビエンナーレ大賞など受賞多数。著書『デザインのデザイン』(岩波書店、2003年)でサントリー学芸賞。
本書は次の6つの章と「序」、「あとがき」からなる。
序−美意識は資源である
1 移動−デザインのプラットホーム
2 シンプルとエンプティー−美意識の系譜
3 家−住の洗練
4 観光−文化の遺伝子
5 未来素材―「こと」のデザインとして
6 成長点−未来社会のデザイン
あとがき
各章とも基本的には、日本人の美意識、その現代的現れ、原さんの具体的な仕事、デザインの可能性が語られる。
東京の夜景は世界一
「序」で、原さんは「今の東京の夜景は、世界で一番美しいかもしれない」と言う。東京ほど広大な広がりをもつ都市はないし、そこには信頼感あるひとつひとつの灯りが結集している。様々な人たちが丁寧に篤実に仕事をしている。「繊細」「丁寧」「緻密」「簡潔」、そんな価値観が根底にある。
これは海外では簡単に手に入らない価値観である。これらの価値観を特別な職人だけでなく社会全体で暗黙裡に共有すること、美意識とはそのような文化のありようである。そして、日本の本当の資源とはこのような美意識である。もうGDP競争はアジアの人口の多い国に譲り渡し、アジアの東の端というクールな位置から、極まった洗練さを目指さなくてはならない。世界は美意識で競い合ってこそ豊かになる。
「序」は、成長点の先端にはデザインがあると宣言している。
賢い小ささ
1の「移動−デザインのプラットホーム」というタイトルはわかりにくい。「デザインのプラットホーム」とは、日本にもデザインミュージアムを、という構想から生まれた。「ミュージアムを」と言っても、膨大な製品を収拾管理する箱物を作るのは費用も労力も莫大になり、実現性は乏しい。ならば、デザイン情報を多角的に交差させていく「プラットホーム」=ネット空間上のミュージアムで代替したらどうだろうかという意見が生まれてきた。情報を交換・集積し、展覧会を構想していく「企画エンジン」のような機能である。
これが「デザインのプラットホーム」。
そして、その中から生まれた展覧会が「JAPAN CAR 飽和した世界のためのデザイン」である。「移動」とはクルマのことなのだ。
この展覧会の導入部に展示車両の模型と、それと対をなす盆栽群を配した。その意図は明らかだろう。それは洗練された「賢い小ささ」である。クールな日用品としてのクルマがこれからは主流になる。
大手の自動車メーカーのデザイナーたちの日本車でいちばんユニークなクルマは何かという話の中で、一致したのは、ダイハツの「タント」だったという。この箱型の軽自動車は、究極の賢い小ささである。
デザインと権力
2の「シンプルとエンプティー−美意識の系譜」で登場する日本人の美意識は、まず柳宗理(1915−2011、プロダクトデザイナー)の薬缶、それから足利義政の書院「同仁斎」。 柳宗理の薬缶には、用の美に徹した設計者の誠意が漲っている。少し前まではイタリア製の幾何学的にエッジの立ったケトルが人々の目を奪っていたが、最近ではむしろそういう物の方が時代がかっているように見える。
「同仁斎」には、複雑さに対峙する簡潔さがある。これは合理性を探求した「シンプル」ではなく、「何もない」ことが意識化され、意図された「エンプティ」=空である。何もないからこそ、想像力がかきたてられる。
美意識が「シンプル」にたどり着いたのは高々150年前のことである。それまでは中国の青銅器やインドのタージ・マハール、ヨーロッパのバロックやロココなどのように、世界には装飾をとめどなくほどこし、空間を埋め尽くすデザインが横溢していた。これは国家のありようと関係があるという。強大な力の表徴としてこのような威圧的なデザインを必要としていたのだ。
しかし、近代になって、国家は人々の暮らしをサポートするサービス機関となった。「シンプル」はその現れである。その中で、日本だけが今から500年以上も前に、「エンプティ」を意図していた。これは足利義政(室町幕府)の政治力の欠如と無関係ではない。
物を捨てよ
3の「家−住の洗練」は、上記2の続編と言ってもいい内容である。簡潔を旨とした書院造などの伝統があるにもかかわらず、戦後の飢餓感から日本人は物を溜め込むことに精を出してきた。それが工業立国を後押ししてきたのだが、そういう競争では残念ながら日本は世界の先頭にはもう立てない。
日本の旅館のもてなしには、生け花や茶の湯文化が息づいていて、西洋の最上級のホテルのサービスを上回る対価を実現しているのに、一般家庭には物が溢れている。家財道具を世界一所有しているのが日本人だそうだ。
これからは「もったいない」よりも「捨てる」ことで、繊細な感受性に立ち戻れ、と原さんは言う。
住まいを作るときには、自分にとって一番大事な「へそ」を家の中心に据えた形にすればいい。お風呂が好きならば、風呂場をいちばん日当たりのいい南側にもってくる。ピアノが好きならば、家の真ん中にピアノの部屋を作り、防音壁で囲む。そうすれば隣近所に迷惑がかからず思い存分ピアノを弾ける。本が好きならば、壁一面が本棚の部屋をつくる…。
このようにすれば、おのずと日本の家屋は多様性を帯びてくる。戦後、画一化した家を大量に作り、その中に物を溜め込んで来た感性からの脱皮である。
UR(都市再生機構、旧日本住宅公団)は、かつての画一的な公団住宅作りから「減築」を指向しているという。これまでの集合住宅の壁を取り除いたり、天井をくり抜いたりして広い間取りを考案している。階層を低層化して、ルーフテラスを設けている。さらに、勾配屋根を取り付けて景観にアクセントを加えたり、コミュニティ施設を絶妙なポイントに配したり、エレベータを新たに設置したり、とリノベーションの技術には目を見張るものがある。
このような集合住宅の技術は、中国など、人口の多いアジア諸国への住宅供給(住宅の輸出)をもたらすだろう。
(つづく)
去年の3.11の恐怖感が甦ったきのうの降雹
きょうで東日本大震災から1年と2ヶ月である。
きのう、雹(ひょう)が降った。
この前の日曜日に茨城県と栃木県を竜巻が襲い、甚大な被害を出した。特に茨城県の常総市からつくば市にかけて発生した竜巻は、国内としては最大級のものだったという。東日本大震災に被災して福島県から避難している人が住む集合住宅も襲われた。
常総市は、隣りの隣りの市であるから、そう遠くはない。友人も住んでいる。
つくば市の被害状況が連日報道されたので、きのうの降雹には恐怖感を覚えた。2時半ころだったろうか。一転にわかにかき曇りとはこのことで、雷雲が発生し、稲光と雷鳴が轟く中、バラバラと雹が降ってきた。
大きさは7ミリから1センチくらいである。ちなみに5ミリ以上は雹、5ミリ未満は霰(あられ)というので、間違いなく降ったのは雹である。
数年前に我孫子市で降った雹は、カーポートの屋根を突き破ったり、クルマをでこぼこにしたりする破壊力を見せた。その記憶があったので、キッチンのトップライト(天窓)やクルマが心配になったが、それより何より、突風をともなっていたので、竜巻が発生するのでは、と恐ろしくなった。
去年の3.11の日の恐怖感が甦った。
雹は10分程度でやんだ。庭の芝生が真っ白になるほど積もった。
竜巻は発生しながったものの、降雹によって樹木の葉はちぎられ、草花の芽は切断された。菊や芽を出し始めたアメリカ芙蓉の先端が刃物で切り落とされたように無くなっていた。農作物も被害を受けたのではないかと危惧される。
超然と未来を展望するヴィジョンや可能性を東北から
デザイナーの原研哉さんの著書『日本のデザイン』(岩波新書)から、大震災後の復興案についての原さんの見解を紹介しよう。(この本の紹介はのちほど)
第6章の第1節に「東日本大震災から」という文章がある。次のようなことが記されている。
1 被災地の空気に触れた感触から得たことは、いわゆる復旧や復興ではなく、新しい未来型の構想を土地の人々の意思とともに育てていくことが最も重要だ、ということである。
2 高度成長期、人口増大期ならば被災の傷跡は自然の成長によって覆われていくかもしれないが、縮減する日本ではそうはいかない。複数の町や港をまとめて、都市機能や港湾機能の効率化を図るような、抜本的な都市の再創造を模索する必要がある。
3 高台に街をつくるという構想もあるだろうが、解決策はそれだけではない。人類は頑強な人工地盤を構築できる時代に入ってきた。沿岸部に集団居住できる丘のような規模の新たな都市のかたちも構想できるはずだ。
4 防潮堤を1mつくるのに1億円がかかる。被災地南北130キロの防潮堤をつくると13兆円かかる。ならば、海岸線はそのままにして、百年に一度の大津波が来たときには流れ去ることを前提にした施設と、確実に人命を守れる強大な人工施設を峻別し、組み合わせるのはどうだろうか。
5 日本の新幹線は素晴らしいが、その駅舎や駅前の風景は心がすさみそうなほど画一的である。そういうものをここに作ってはいけない。日本中の、あるいは世界中の知恵を集めて、こういう機会がない限り実現し得ない、気持ちが前に乗り出すような未来ヴィジョンを投影したいものである。
6 そういう叡智はすでに大学の研究機関やシンクタンクにある。たとえば、収縮する日本社会を前提に東大の大野英敏教授は「巡回公共サービス」を提案している。病院、図書館、映画館、アスレチックジムが順繰りに複数の街を巡回していく。これらの施設を持ったクルマが、それぞれの街につくられた建築施設にピッタリと収まるように設計されているのだ。一つの施設が、ある日は病院になり、別の日には図書館となる。
7 多くの知恵を交差させ、アイデアの精度を挙げていくことによって、東北は希望の成長点へと転じていく。復興案は、それが実際に採用されたかどうかよりも、いかに人々を勇気づけ、多くの覚醒を生み出せるかという点に価値がある。アイデアは被災地に限らず、どこでも利用可能である。超然と未来を展望するヴィジョンや可能性が東北から溢れ出るようになると、未来はきっと明るくなる。
地上1メートルの推計値を公表
文部科学省の環境放射能水準調査によると5月9日午前9時から10時までのモニタリングポストの測定結果は次の通りである。
モニタリングポストが設置してある高さは、各県によってまちまちである。そこで最近は、地上1メートルの推計値を合わせて発表するようになった。赤い数値がその推計値である。( )内は自然放射線量の範囲。(単位はマイクロシーベルト/時)
福島市(紅葉山公園、地上2.5m) 0.82 (0.037〜0.046) 1m推計値1.05
水戸市(旧県環境監視センター、地上3.45m) 0.077 (0.036〜0.056) 1m推計値0.084
さいたま市(県衛生研究所、地上18m) 0.047 (0.031〜0.060) 1m推計値0.051
関西の放射線量が高い
ずっと前に書いたことだが、地質の関係で比較的西日本のほうが放射線量は高い。当ブログでは、福島以外でいつも一番高い値を示す山口市を例にして報告してきたが、山口市のモニタリングポストは地上1.5mにあるので、ほかの地域よりも高い値を示す傾向がある。地上1m推計値で5月9日に最も高い値を示したのは、和歌山市である。そのあたりを比較してみよう。
和歌山市(地上15m)0.040 1m推計値0.095
大阪市(地上20m) 0.048 1m推計値0.089
神戸市(地上34m) 0.048 1m推計値0.089
山口市(地上1.5m) 0.093 1m推計値0.076
こうしてみると1m推計値では、和歌山や大阪、神戸の値は、水戸の値よりも高いことがわかる。(山口市の実測値が推計値よりもなぜ高いかは不明)
去年の4月以降の放射線量の推移
当ブログでは、ずっと文部科学省の環境放射能水準調査をもとに、福島、水戸、さいたまの放射線量の推移を掲載してきた。上記の結果を追加すると次の通りである。( )は自然放射線量の範囲。
福島市
2011年4月2.3→5月1.7→6月1.6→7月1.33→8月1.25→9月1.21→10月0.97→11月1.00→12月0.97→2012年1月0.93→2月0.91→3月0.87→4月0.85→5月0.82 (0.037〜0.046)0.03減少
水戸市
0.157→0.103→0.095→0.094→0.085→0.083→0.081→0.080→0.079→0.079→0.077→0.075→0.077→0.072 (0.036〜0.056)0.005減少
さいたま市
0.067→0.054→0.053→0.052→0.050→0.049→0.049→0.051→0.051→0.047→0.047→0.047→0.047→0.047 (0.031〜0.060)変わらず
避難者数は34万4477人
東日本大震災復興対策本部の避難者数調査結果の月別推移(12月1日→1月12日→2月9日→3月22日→4月5日)は次の通りである。
A 避難所(公民館・学校等)704人→613人→584人→388人→330人(58人減少)
B 旅館・ホテル等 494人→149人→97人→99人→53人(46人減少)
C 親族・知人等 1万7238人→1万7256人→1万6901人→1万7501人→1万7060人(441人減少)
D 住宅等(公営・仮設・民間・病院等)31万4255人→31万9801人→32万4927人→32万6357人→32万7034人(677人増加)
合計 33万2691人→33万7819人→34万2509人→34万4345人→34万4477人(132人増加)
死者行方不明者は1万8879人
警察庁の発表によると、5月9日現在の死者数は、1万5858人、行方不明者は3021人である。
当ブログで掲載した直近の2月23日現在の死者数は1万5853人、行方不明者数は3283人であったので、死者は5人増加し、行方不明者数は262人減少した。死者と行方不明者の合計数は257人減少して、1万8879人となった。
すごいとしか言いようがない園原の花桃
ホテル木曽路の朝食はバイキング。食堂はビール工場に隣接していて、硝子越しにビール製造用のステンレス製のタンクが垣間見える。
9時半にチェックアウトし、阿智村園原地区に向かう。
きのうとは逆コースで国道256号線を清内路峠まで登る。いい天気である。
清内路峠を過ぎて、だいぶ下ると園原インターへの分岐点にいたる。ここから川沿いの県道をしばらく行けば園原インターである。
そこは、こんなところにインターチェンジをよく作ったものだ、と思わせるほど周りに何もない山峡(やまかい)である。。
園原インターを過ぎてまた少し川沿いを遡上すると、いきなり花桃が見えてくる。
花桃というのは中国原産で、日本でも江戸時代から園芸用に品種改良されてきた。しかし、ここ阿智村の花桃は、大正時代にドイツから運ばれてきた苗木を、阿智村の人たちが植樹して増やして来たものである。
古いものはかなりの大木になっている。高さは5〜6メートルはありそうである。赤、白、濃いピンク、そして白と赤の咲き分けのほぼ4種類がある。これが適度に混合されて植えられているために絢爛豪華である。
幅50メートルくらいの川の両岸に植えられているのだが、その距離は2〜3キロにおよぶ。そのちょうど中ほどに月川(つきかわ)温泉という一軒温泉があり、「野熊の庄 月川(げっせん)」という旅館が営まれている。そのあたりの花桃が最も大きく、植えられている密度も濃いために、一段と華やかである。もうすごいとしか言いようがない。
この日は月曜日だったが、満開ということもあり、かなりの人出だった。しかし、「花桃祭り」の期間中とあって、大きなグラウンドを臨時駐車場にしているので、駐車の心配はない。料金は500円。(一部700円の場所もある)
二年越しの思いがかなった私たちは、かなり興奮して、この景色を眺めた。川沿いを、1時間ほど時間をかけて散策した。
皆さんにも一度は訪れてみることをお勧めする。
ただし、満開の時機を逸しないようにしなければならない。去年や今年のように遅い場合は連休の後半、早い場合は4月の下旬に満開になるようだ。
もっとも、昼神温泉から清内路峠までの標高差はおそらく700メートルくらいはあるだろうから、1週間くらいずれても、どこかで満開の花桃を見ることはできる。できるが、やっぱり見るなら園原の花桃である。
去年の旅行で花桃に魅せられた私たちは、先日、ジョイフル本田で花桃の苗木を購入した。白と赤の咲き分けの枝垂れで、「源平」という品種である。
阿智村の花桃には枝垂れは無い。
花桃を充分満喫したあと、園原の里を後にして、飯田市内に向かった。天竜川沿いの国道まで下りて、ガストで昼食。今年初めての冷やし中華を食べたが、あまりおいしくなかった。
昼食後に、道の駅を求めて北上。上伊那郡飯島町にある「花の里いいじま」でリンゴと野菜を購入した。途中の道で見た中央アルプスは絶景だった。
この近くの駒ヶ根には友人が引っ越して住んでいる。この雄大な眺めに魅了されたのだろう。
その駒ヶ根インターから中央道に入り、帰路についた。